大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)568号 判決

控訴人

斉藤明子

右訴訟代理人

白取勉

被控訴人

寺地俊二

右訴訟代理人

菊池武

主文

原判決本文第一項及び第二項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  被控訴人の請求原因

1  訴外日本住宅産業株式会社(以下「訴外会社」という)は左記約束手形(以下「本件手形」という)一通を振出し、その裏面には日本沿岸漁業株式会社(取締役社長山崎規男)名義の白地裏書がなされている。

金額 金三〇〇万円

支払期日 昭和五二年一〇月二五日

支払地 埼玉県飯能市

支払場所 株式会社大生相互銀行飯能支店

振出日 昭和五二年九月一三日

振出地 埼玉県入間市

受取人 日本沿岸漁業株式会社

2  被控訴人は控訴人から訴外宮本義嗣を介して本件手形の割引の依頼を受け、支払期日に確実に支払が受けられるものと信じて右依頼に応じ、手形金額三〇〇万円から割引料三〇万円を差引いた現金二七〇万円を右宮本に交付し、本件手形を取得した。

3  ところが、被控訴人が本件手形をその支払期日である昭和五二年一〇月二五日支払場所に支払のため呈示したところ、「停止処分済、取引なし」の理由で支払を拒絶された。訴外会社は無資力であつて同会社から本件手形の支払を受けられる見込みはなく、また、裏書人の日本沿岸漁業株式会社は架空の会社であることが後日判明した。

4  訴外会社は本件手形振出当時、関連会社である訴外豊武興建株式会社の肩代り債務金一億二〇〇〇万円を負担し、また、関連会社である訴外株式会社武蔵野エステートが不渡り事故を出したこと等から、資金繰りに窮し、その経営状態は危殆に瀕しており、本件手形金をその支払期日に支払う見込みはなかつた。

訴外会社の代表取締役である控訴人は、右の事情を知悉しながら、自ら本件手形を振出したものであり、その職務の執行につき重大な過失があつたものというべきである。

5  被控訴人は、そのために本件手形金三〇〇万円に相当する損害を被つた。

6  よつて、被控訴人は控訴人に対し、商法二六六条の三の規定に基づき右損害賠償金三〇〇万円とこれに対する本件手形の支払期日の翌日である昭和五二年一〇月二六日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する控訴人の認否及び主張

1  請求原因事実は争う。

2  本件手形は、訴外会社が金融を受ける目的で準備した二三枚、金額合計六、〇〇〇万円の未完成の手形の中の一枚であつて、まだ振出行為のなされていないものである。

すなわち、昭和五二年七月中旬頃控訴人が代表取締役をしていた訴外会社の経営が行き詰り、融資をしてくれる人を探していたところ、訴外高尾昭男あるいは同須田喬から金六、〇〇〇万円の融資が受けられるという話になり、控訴人は、仲介に入つた訴外前島忠彦から、信用金庫に割引を依頼するためどうしても手形が必要なので手形を渡して欲しいと言われるまま、訴外会社振出名義の二三枚、金額合計六、〇〇〇万円の未完成の手形を右前島に預けたところ、融資をしてくれるというのは架空の話であつて右手形は詐取されたものであることが判明した。本件手形は右手形の中の一枚であつて、前島に渡した時点では受取人、振出日、裏書の記載のない状態であつた。

以上のように、控訴人は未完成の手形を第三者に預けただけであつて手形の振出をしていないし、また、商法二六六条の三に該当する行為もしていないのである。

四  証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉に、右被控訴人本人の供述を合わせると、被控訴人は昭和五二年九月二〇日頃訴外宮本義嗣から、振出人として訴外会社(代表取締役控訴人)の真正な記名押印があり、請求原因掲記の各手形要件が記載され、日本沿岸漁業株式会社(代表取締役山崎規男)名義の裏書のある約束手形(本件手形)一通の割引を依頼され、訴外会社の信用力等について調査したうえ、同年一〇月初め頃右割引を承諾し、手形金額三〇〇万円から割引料三〇万円を差引いた現金二七〇万円を右宮本に交付し、本件手形を取得したこと、ところが、被控訴人が本件手形をその支払期日である同月二五日支払場所に支払のため呈示したところ、「停止処分済、取引なし」の理由で支払を拒絶されたこと、訴外会社は無資力であつて同会社から本件手形の支払を受けられる見込はなく、また、裏書人の日本沿岸漁業株式会社は架空の会社であり、右宮本も行方不明となつたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二次に、当審証人飯塚貢の証言、当審における控訴人本人の供述に、同供述により本件手形が控訴人の手許にあつた当時の本件手形の写しであることが認められる乙第二号証を合わせると、訴外会社の代表取締役である控訴人は、昭和五二年六、七月頃同会社のため融資をしてくれる人を探し、訴外森田某に相談したところ、訴外高尾昭男あるいは同須田喬から金六、〇〇〇万円の融資が受けられるという話になり、その仲介に入つた訴外前島忠彦から、右須田がその取引金融機関である芝信用金庫に割引を依頼して右融資の資金を調達する関係上訴外会社振出の手形が必要であるからそれを渡して欲しいと言われてこれを承諾し、訴外会社がかねて取引銀行である大生相互銀行飯能支店から交付を受けていた約束手形用紙二三枚に、訴外会社の専務取締役古味宙適に命じて合計六、〇〇〇万円に上る各手形金額及び支払期日を記載させ、控訴人自ら振出人としての訴外会社(代表取締役控訴人)の記名押印を行い、ただ受取人、振出日の欄のみを空白として、これを右前島に交付したこと、本件手形はそのうちの一通であることが認められ、右認定を覆えすべき証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴人は本件手形が受取人欄、振出日欄を適当に補充されて流通におかれることを予期してこれを第三者に交付したものであり、本件手形を訴外会社のため振出したものというべきである。

三控訴人は、本件手形は、他の二二枚の約束手形とともに同人が前島忠彦に預けたに過ぎないものであり、結局須田喬に詐取されたものであると主張し、〈証拠〉中には右の主張に添う部分があるが、右証言は、控訴人からの伝聞に過ぎないとともに、明確を欠き、また、右控訴人の供述によれば、控訴人又は訴外会社は本件手形を含む二三通の約束手形に対応する金員を取得していないことが窺われるものの、控訴人は、約半年前に森田某を介して他から金五〇〇〇万円の融資を受けたが返済できず、その際担保に供した不動産の所有権を失つているのに、再び右森田の紹介により、なんらの担保も供せず、弁済の目当もなく、額面合計金六〇〇〇万円の右手形を前島らに交付すれば金融が受けられるものと考え、従来面識のなかつた多数の関係者の言うままに行動しており、同人の意図が奈辺にあつたのか不可解な点があること、控訴人は、前記須田に右手形を持ち逃げされたというのに、同手形の支払場所である株式会社大生相互銀行飯能支店に事故届を提出しておらず、その頃所在を晦しており、右二三枚の手形が取立に出されたか否かについても確認していないこと、控訴人が須田を告訴したのはその後約一年半を経過した昭和五四年三月一四日頃(控訴人が本件第一審において欠席判決を受け、本件控訴を提起した後である)であることが認められる。さらに、前掲被控訴人本人の供述によれば、同人は、本件手形を取得するに当り訴外会社に右手形の振出の事実を電話で確めたところ、同社の営業担当者は詐取された事実を告げなかつたことが認められ、証人飯塚貢の証言中右認定に反する部分は採用できない。これらの事実を併せ考えると、控訴人の供述はそのまま採用し難く、他に控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。控訴人又は訴外会社が前記手形の交付後なんらの金融を得られなかつたことに鑑み、その間に何人かの不信行為又は非違行為があつたことになるとしても、前記三に認定したとおり、控訴人は訴外会社のために本件手形を振出したものと認めるのが相当である。

四ところで、〈証拠〉によると、訴外会社は本件手形振出当時、関連会社である豊武興業株式会社の肩代り債務金一億二〇〇〇万円を含む多額の債務を負担し、また、関連会社である訴外武蔵野エステートが手形不渡りを出したこと等から、資金繰りに窮し、従業員に対する給料の支払も遅延する状態で、その経営状態は危殆に瀕しており、本件手形金をその支払期日に支払う見込みは全くなかつたこと、控訴人は右の事情を知悉しながら、かつ、本件手形を含む額面合計金六〇〇〇万円の手形の振出により融資が得られるものと軽信して、訴外会社の代表取締役として自ら本件手形を振り出したものであること、訴外会社は昭和五二年九月三〇日手形不渡りを出し取引停止処分を受けるに至つたこと、以上の事実が認められ〈る。〉

右認定の事実によれば、控訴人は訴外会社の代表取締役としての職務の執行につき重大な過失があつたものと認められ、これにより被控訴人の被つた損害について商法二六六条の三に規定する損害賠償責任を負うものというべきである。

五そこで被控訴人の損害について考えるに、前記一で認定した事実に徴すると、控訴人が重大な過失により本件手形を振出したため、被控訴人は支払の見込みの全くない右手形を割引により取得し、右手形の支払を受けることができない結果、その手形金額に相当する三〇〇万円の損害を被つたものというべきである。

六ところで、本訴において被控訴人は右三〇〇万円の損害の賠償のほか、これに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているところ、右損害賠償債務は商行為によつて生じた債務には当らないから、これに対する遅延損害金は民事法定利率年五分の割合によるべきものである。

七以上に説示したとおりであるから、被控訴人の本訴請求は控訴人に対し損害賠償として金三〇〇万円及びこれに対する損害発生後である昭和五二年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、右と一部趣旨を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(外山四郎 村岡二郎 清水次郎)

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